風になる


風のないうっすら晴れた午後だった
コーヒーを片手にわたしは空を見ていた
ひとつ浮かんだ白い雲が
いつか薄くなって
やがて消えた
風がまったくない
木漏れ日の午後だった
ただ世界は雲がひとつ
消えただけで
わたしはコーヒーを飲んでいた

 *

あなたはどこへ行ったの?
雲さん
風のない晴れた日の午後に
あなたは小さな小さな水滴となり
まっすぐ海へと 戻るしかなかったの?
それとも空へと 戻っていくしかなかったの?
風のふかない空にいて
あなたはさみしくなかったでしょうか
自分がいる ということを
あなたは感じていたでしょうか

わたしが
あなたの風になろう
そうしていてもいいのなら
やさしい言葉で やさしい声で
わたしはあなたの風になる

あなたに
手紙を書いてみよう
それとも
電話をかけようか
電話番号おしえてくれる?
わたしの声が届くなら
ここからうたを
うたってもいいよ

「お元気ですか?」

あなたは
どこまででも飛んで いける
風がふけば
絶えず流れて 形を変えて
ずっとずっと
世界を旅して ゆけるよね

「お元気ですか?」

「わたしのこと 好きですか?」


わたしがあなたの
風になるよ

 *

コーヒーカップ
コトリとテーブルに置けば
両の手のひらのなかに
小さな波
窓のそとには
雲のないうっすらと晴れた空
もうすぐ夕餉の買い物にでかけなくちゃ
いけない

ある木漏れ日の
かすかに晴れた
風のない午後だった



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(C) 2001 脇素子 (WAKI Motoko)